出勤がないと一日が終わらない — 在宅の一日に区切りをつける
通勤の時間がやっていたのは、一日に線を引くことでした。家で働くときに始まりと終わりを作る手続き、そしてうまくいかない日を早く畳む方法をまとめました。

家で働きはじめて最初の一か月は快適です。通勤がなくなり、着替えなくてもよく、昼食の行列にも並ばなくて済みます。
問題はその後です。一日が始まりもせず、終わりもしなくなります。
通勤がやっていたこと

通勤は時間の無駄だと言われますが、あの時間がやっていた仕事がひとつあります。一日に線を引くことでした。
電車に乗っている四十分のあいだに、人はモードを切り替えています。家にいた自分から、働く自分へ。帰り道では逆方向に切り替わります。その転換が無意識に起きていたので、私たちはそれがあることにすら気づいていませんでした。
家で働くと、その線が消えます。目覚めたその場所でノートパソコンを開き、働いていた同じ場所で食事をし、夜も同じ椅子に座っています。空間が変わらないので、状態も変わりません。
ですから在宅生活でまず作るべきなのは、集中力ではなく境界です。
始まりの合図は大げさである必要はありません。実際に効くものは、たいてい些細なことです。
- 着替える。 パジャマを脱ぐだけでも身体は違うものとして認識します
- 場所を移す。 部屋がひとつしかなくても、ベッドから机へ移るだけで違います
- 一杯淹れる。 コーヒーでもお茶でも、それを用意する三分が助走になります
大切なのは、この合図を毎日同じ順番で行うことです。順番が繰り返されると、身体のほうが勝手について来ます。
好きで始めた仕事なのに

ひとりで働く人がよく口にする言葉があります。「好きで始めた仕事なのに、最近はよく分からない」と。
これは仕事が嫌いになったわけではないことが多いです。好きだと感じる余裕がなくなった、というほうが近い。
会社にいたころは、仕事が終わる地点がありました。退社すれば終わり、週末になれば終わり、案件が世に出れば終わりです。終わりがあるから、その後ろに満足を感じる場所がありました。
家で働くと、終わる地点がぼやけます。いつでももう少しできてしまうからです。すると満足はずっと先送りされ、先送りされた満足は消えます。残るのは「まだ終わっていない」という感覚だけです。
ここで必要なのは、もっと頑張ることではなく終わりを人工的に作ることです。今日やることを朝に三つだけ書き、それが終わったら、まだできる状態でも止めてみてください。最初は落ち着かないのですが、数日でその不安は薄れます。
誰も褒めてくれません

オフィスでは小さなフィードバックが絶えずあります。隣の席からの「それ、よかったね」のひとこと、会議でうなずかれること、誰かが自分の画面を通りすがりに見ることさえフィードバックです。
ひとりで働くと、それが全部ありません。うまくいっているかどうかを教えてくれる人が誰もいない。ですから自分に伝える手続きが要ります。気恥ずかしく聞こえますが、これは気分の問題ではなく判断の問題です。フィードバックがなければ、方向が合っているか分からないからです。
いちばん簡単な方法は、一日の終わりにやったことを書くことです。やることリストではなく、やったことリストです。
やることリストは残りを見せ、やったことリストは片づいたものを見せます。同じ一日なのに、残る感情は正反対です。三行で足ります。
今日、何してたっけ

在宅生活でいちばん頻繁に訪れる感覚がこれです。一日じゅう確かに何かをしていたのに、夜に振り返ると何をしたのか分からない。
これは記憶力の問題ではありません。一日に節がないからです。
オフィスでは一日が勝手に区切られます。出社、午前の打ち合わせ、昼食、午後、退社。この節が、記憶を掛けておく釘の役目をしています。後になって「昼を食べたあとにあの話をしたな」と思い出せるのは、昼食という節があるからです。
家にはその釘がありません。朝九時から夜七時までがひとかたまりなので、掛ける場所がないのです。
だから節を自分で作る必要があります。
- 九十分で区切る。 人の集中はそのあたりで一度落ちます。切って五分歩いてください
- 昼食は必ず席を離れる。 机で食べると節ができません
- 午後に一度、外に出る。 コンビニでも行けば一日が二つに分かれます
うまくいかない日

そして、何をしてもだめな日があります。
集中できず、始めはしたのに進まず、そうしているうちに時間だけが過ぎ、夜になったのに成果がない。こういう日、多くの人は夜中まで抱え込みます。今日何もできなかったということが、耐えがたいからです。
けれど、だめな日に時間を注ぎ足すのはたいてい損です。集中できない状態で作ったものは翌日また直すことになり、その代わりにその夜の睡眠を失います。一日を捨てたうえ、翌日まで悪くするわけです。
だめな日は早く畳んだほうが得です。 その代わり、ひとつだけ整理しておいてください。明日の朝いちばんに開くファイルと、最初にやる一手。それさえ書いておけば、翌日の立ち上がりがずっと軽くなります。
ひとりで働くと、できなかった日を自分で判定しなければなりません。その判定を厳しくしすぎる人が、長く続きません。
一日を閉じる手続き

始まりの合図が要るのと同じように、終わりの合図も要ります。むしろこちらのほうが重要です。
在宅生活がしんどい本当の理由は、仕事が多いからではなく仕事が終わらないからです。ノートパソコンを閉じても、頭の中では開いたままになっています。夕食を食べながらも、横になってからも、さっきの作業が浮かんできます。
終わりの合図はこういうものです。
- ノートパソコンを物理的に閉じて片づける。 目に入ると終わりません
- やったことを三行書く。 今日を文章で閉じる手続きです
- 明日の最初の一手を一行書く。 頭に残っているものを外に降ろす作業です
この三つは五分で終わります。そしてこの五分が、夜の時間全体の質を変えます。
家で働くというのは、会社が代わりにやってくれていた管理を自分でやるということです。自由が増えたぶん、作らなければならないものも増えた。ただしそのほとんどは、意志ではなく手続きで片がつきます。
今夜はノートパソコンを閉じて、三行だけ書いてみてください。
この記事で使用したスタンプはむらさき鹿ドトの一日シリーズです。はじまり・愛着・応援・疑問・行きづまり・就寝の順に、一日が開いて閉じるまでの流れに合わせて配置しました。